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札幌家庭裁判所 昭和56年(家)2947号 審判

申立人 仁川光子

主文

申立人の氏を「上山」に変更することを許可する。

理由

第一筆頭者仁川光子の戸籍謄本、本件の関連記録(当庁昭和五六年(家イ)第九三五号離婚無効確認申立事件)及び申立人に対する審問の結果によれば、次のような事実が認められる。

一  申立人は、昭和四一年八月二九日、上山忠美(昭和一一年一月二七日生、本籍は札幌市中央区○○○×丁目×××番地)と、夫の氏「上山」を称する婚姻をなし、長男光一(昭和四一年一〇月三一日生)、二男洋(昭和四五年九月二日生)を儲けた。

二  その後、申立人夫婦の間で、双方の性格不一致が表面化し、また家庭を省りみない夫忠美の態度から、トラブルが絶えず、そのうち別居生活となつて、離婚話も出てくるようになり、ことに、昭和五五年一二月以降、夫忠美は、申立人に対し離婚を強く要求するようになつたが、これに応ずる意思のなかつた申立人との間で、離婚についての条件的折り合いがつかなかつたところ、夫の忠美は、昭和五六年二月二八日、妻である申立人の承諾を全く得ないで、勝手に、長男光一の親権者を父、二男洋の親権者を母と記載して、本籍地の札幌市中央区長へ、協議離婚の届出を提出した。

その結果、申立人は、戸籍上、婚姻前の氏である「仁川」に復氏してしまつたものである。

さらに、上山忠美は、同年三月四日、浜本りえ子(昭和二五年四月二二日生)と婚姻するに至つた。

三  ところで、申立人は、同年四月ごろ、上記のような事実を知つて驚き、協議離婚届の効力を争つて、同年六月一八日、札幌家庭裁判所へ、上山忠美を相手方として、離婚無効確認請求の申立(同庁昭和五六年(家イ)第九三五号)をなし、種々の曲折もあつたが、第二回の調停期日である同年八月一三日に、上山忠美が、上記離婚届を申立人の不知の間になしたことを認めたうえで、申立人がこれを追認するという内容で調停が成立し、その際、同時に、上山忠美が申立人に支払うべき、離婚に伴なう慰藉料及び財産分与額等も具体的に合意が成立して、かねての懸案事項であつた経済的条件についても解決された。

これにより、申立人と上山忠美間の協議離婚が、届出の当初に遡つて、有効に成立したものとされるに至つた。

四  ところで、所轄官庁に問い合わせるも、申立人が前記のように追認した時点では、すでに民法第七六七条第二項及び戸籍法第七七条の二の届出期間(三か月)を経過していたので、同条に基づく届出によつては、もはや離婚時の氏である「上山」を称することができず、申立人としては、現在、養育監護している二人の子供との同居生活上の支障から、婚姻前の氏である「仁川」へ復氏しないで、引き続いて、離婚時の「上山」の氏を称したいという強い希望から、主文と同旨の審判を求めて、本件申立に及んだものである。

第二ところで、本事案のような場合に、家庭裁判所の許可審判を必要としないとされる、戸籍法第七七条の二所定の届出について、上記認定のように、申立人が、無効な離婚届を追認するなどして、調停が成立した翌日から、これを起算するものとすれば、本件申立の必要がないものと解されるが、追認の遡及効に鑑み、民法第七六七条第二項の「離婚の日から三か月以内」に、戸籍法の定めるところにより届け出ることを、無効行為の追認した時点から、起算すべきものでないことは、止むを得ないところである。

第三ひるがえつて、戸籍法第七七条の二の届出によつて、称することのできる離婚の際に称していた氏というのは、離婚という身分変動がある以上、婚姻中の氏と法律上同一でないことは明らかであり、法律上は、やはり離婚によつて婚姻前の氏に復氏しているものと考えるべきである。

そこで、その場合に、改正の民法第七六七条第二項及び戸籍法第七七条の二届出によつて、単に呼称のみを、婚姻中の氏と同じものとなし得るにすぎないものであるから、同条に基づく届出は、もともと戸籍法第一〇七条第一項による「氏の変更」と同じ性質を有するものである。ただ、同法第七七条の二の届出の場合は、特則として、家庭裁判所の許可審判を必要としないとされるにすぎないのである。

そうだとすれば、本件においては、申立人に対し、特則である戸籍法第七七条の二の規定が適用される余地がない以上、原則にかえつて、同法第一〇七条第一項に基づく「氏の変更」の要件である「やむを得ない事由」の存否を判断すべき場合であると解する。

第四そこで、本件申立の当否を考えるに、今回、民法及び戸籍法が改正された趣旨に照らし、前記の「やむを得ない事由」の要件も、ある程度は緩やかに解釈されて然るべきであると考えられること、また、本件事案のように、戸籍法第七七条の二の届出期間が経過してしまつた経緯やその事情は、これをその要件存否の判断の際に、充分に斟酌されるべきものであり、かつ、これをもつて、申立人を責めるべき事情でないことも、申立人サイドに立つて考慮を払うべきところであり、加えるに、前掲各資料からすれば、申立人は、手許に引き取つた二人の子供を含む日常の家庭生活において、従前と同じように、すでに定着しているこれまでの「上山」の氏を、間断なく使用していることが認められること等を合わせ考慮して、本件においては、氏の変更についての戸籍法第一〇七条第一項にいう「止むを得ない事由」に該当するものと判断して、本件申立を認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野口頼夫)

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